今日も明日も親父も野球:第九話「ポジティブな傷痕」

 

小学四年、冬に入る頃。

 

事故は起きた。   と言うか、起こした。

 

冬場のグランドは寒さが厳しい…いや、冬はどこでも寒さが厳しいか…

 

どっちでもいい、とにかく寒い。

 

そんな、寒さを凌ぐ為に大人達はグランドの側で焚き火をしていた。

グランドに行く人はわかると思う。

ドラム缶や一斗缶を切り抜きその中で焚き火をするのは野球場あるあるだ。

 

練習が終わり焚き火で暖まっていた。

大人達が、廃材をいれ火を弱めないようにしているのを見て、子供達がそこらへんにあるゴミを入れ、枝で突いたりした。

 

火遊びだ。

 

もちろん大人達は子供たちを厳しく注意していたが、イタズラの面白さが勝ってしまっていた。

 

俺は近くにあるボロボロになった軍手をいれ、突いた。

ナイロン製の軍手は溶けて俺の枝に、くっ付いた。

 

溶けた軍手の重さで枝がしなった。

 

 

それはまるで釣竿の様にしなり、釣っている最中に糸が切れ、獲物を逃がしたときの様に…

俺の枝も物体の重さから解放された時だった…

 

枝から弾き出された軍手が、俺の口元と右頬に着陸。

 

ナイロン製の溶けた軍手が、枝から俺の顔面に移籍した。

 

凄まじく熱かったしパニックで、のたうち回った。

喚き叫ぶ俺を見て大人達もパニックになっていた。

 

直ぐに病院へ運ばれた。

たまたまオカンがグランドに来ていた日で一緒に向かった。

 

病院の鏡で自分の顔を見て、ひいた…

 

白くただれて口の感覚が無かった。

 

医師からは、火傷の痕が残るし顔に肌の突っ張りが出てしまうかもしれない。と言われた。

 

診察と治療は長かった。

 

すごい覚えている。

病院でオカンが親父に電話していた。

薬を待つ間、オカンがひどく落ち込んだ様子だった。

オカンの腕にも幼い頃に負った大やけどの痕がある。

きっと、色々な思いが交錯していたと思う。

 

 

治療が終わり、帰宅した。

 

 

しばらくすると、親父が帰宅した。

 

帰宅するなり俺を見つけ

「大丈夫か?見せてみろ…どれどれ」

 

 

 

 

違う。

ウチの親父は…違う。

そんな事、言わない。

 

 

俺を見つけるなり

「おぇぃ!!お前はグランドに何しに行ってんだぁ!?野球やめちまえ!!」

鉄拳制裁されながら言われた。

 

火傷より野球だ。

 

感覚が麻痺し、あまり開かない口で

「ごめんなふぁい!やめまふぇん!」

と高らかに宣言した。

 

 

 

顔についた軍手を振り払った左手も火傷を負っていた。

一部、左手の指紋が消える程の火傷だった。

 

バットは握れないし、グローブもはめられない。

だから野球はしばらく休み。

 

 

 

 

 

 

そんなわけない。

 

 

 

右手だけでバットは振ったしボールも投げられたから、ほとんど変わりなく練習はやったし次の週にはリトルにも行った。

 

グランドに行くとみんなが

「大丈夫かよ??」と心配して寄ってきた。

 

 

大丈夫なわけない。

ちゃんと見てくれ。

顔の3分の1にガーゼが貼り付けられてる状態だぞ。

 

でも、俺にとって野球を休む方がもっと大丈夫じゃない。

 

そんな俺は

「うん、右手使えるし大丈夫。」

よくわからない事を、あまり開かない口で答えた。

 

ちょうど冬休み中の事故だったため、学校も休まないですんだし、毎日病院にも通えた。

 

医師からは、レーザー治療で火傷痕を消せるけど痕が消えてもそこから将来髭が生えてこないと思いますがどうしますか?と聞かれた。

 

オカンが答えた。

 

「痕がないのに髭が生えてこないの変ですよね〜」

 

 

 

レーザー治療を断った。

 

 

 

俺の顔に一生残る傷痕をオカンは簡単に断った感じだが、オカンと親父で痕があった方がこれからバカみたいな遊びをしないだろうと考えての決断だった。

俺も痕がないのに髭が生えてこないのは嫌だった。

 

 

 

今は体と共に顔も長くなったからか、傷痕もだいぶ小さくなった。

 

 

高校時代、昼飯を食ったあとに一つ下の後輩にすごい真面目に

「上野さん、口の周りにチョコついてますよ!」

と言われた。

「いやこれ火傷なんだわ」

そう答えると

後輩が、いやいやそんなわけないでしょ。と言わんばかり近づいて、苦笑いで謝ってきた。

 

…なめとんか。

 

ヤクルトの時も食事後、先輩に

「ジャンボ、お前ケチャップついてるよ」

と言われ、

「あっこれ火傷っす」

そう答えると、

「ヘルペスみたい!」

と笑いながら言われた。

 

…最初ケチャップ言ってたし。

 

最近では、スクールの保護者に

「上野さん、なんか食べてきましたぁ?口の周り汚れてますよぉ〜?」

俺は一生懸命拭いたけど、それは汚れでは無かった。

「あっこれ火傷なんですよ〜」そう答えると、

凍り付いた顔でめちゃくちゃ謝られた。

 

 

そう…

この火傷は目立たないくらい小さくなってくれたが、口元の絶妙な位置にあるため食事後のややこしさと存在感がすごい。

 

 

だが、消しておけば良かったとは思わない。

傷痕を見ると、自分の責任と注意力を思い出すしこの先も持ち続けていられる。

 

 

こんな怪我をするべきでは無かったが、学んだこともあった。

 

“怪我をしても、できる事を考えてやる事”

 

顔面に一生残る傷を負った事に落ち込む気持ちよりも、

野球をしばらく休む=親父が怒る という危機感が

「やれる事はやらなきゃ」

と俺の思考回路を働かせた。

 

だから「右手使えるから、大丈夫」この言葉が出た。

 

 

 

 

続く。