今日も明日も親父も野球:第七話「牛乳」

小学四年の夏。

 

オカンが耳の病気で入院する事になった。

ただ、2週間程で家に帰ってくる事になっていた。

 

親父の生活リズムは、仕事から帰るとまず風呂に入る。そして、夕飯・晩酌。九時半には寝る。

ほぼ毎日、この流れを崩さない。

時にオカンや俺たちの予想に反し、親父が仕事から早く帰るとオカンは風呂や夕飯の支度、俺たちはソワソワ感と野球の練習に行かなきゃとバタバタした。

 

そんな時親父は

 

野球の練習を見る。

まだお風呂が沸いていない。

機嫌が悪くなる。

オカンは色んな事をそっちのけで風呂を沸かす。

親父、風呂から出る。腹が減ってる。

夕飯はまだ出来てない。

機嫌もっと悪くなる。

オカン、急いで夕飯作る…。

帰りがいつもより早いから、晩酌のビールの冷えが甘い。

親父、怒鳴り怒る。

 

…そう、親父は早く帰宅しようが家にいようが、炊事洗濯など出来ないし、やろうともしない。

2週間程度オカンがいなくなるなんて、俺たち兄弟からしたらどんな合宿よりもキツイ日々だ。

幼い妹は親戚に預けられた。

正しい判断だ。

 

オカンは流石だ。

親父は何も出来ないしやらないのをわかっているから俺たちでも食事の用意が出来るように、牛乳とレトルトや冷凍食品で冷蔵庫をパンパンにして病院に入った。

そして、何か予想外の事があった時のために、現金を親父に託した。

 

学校から帰ったらまず冷蔵庫を開けるような、育ち盛りの子供達。

 

2週間を計算し冷蔵庫のパンパンだった食料は1週間で無くなった。

 

必ず補充されたのは牛乳のみ。

 

残りの1週間何を食べたか…

 

団地の前にあった中華屋の出前とレトルトのボンカレーだ。

飲み物は牛乳。

兄貴は米を炊いたりインスタントラーメンを作ったりは出来たが料理は出来なかった。

中学二年生の野球小僧だし当然だ。

 

来る日も来る日もレバニラと餃子とボンカレーを食べた。

 

俺は5歳まで、貧血で病院に通っていた。それを思い出したように持ち出して親父は話した。

 

「けいすけは貧血気味なんだからレバーとか血になるもの食え」

親父…いつの話だ。

 

レバニラを食い過ぎて俺は今、レバニラが嫌いだ。

 

親父は、何かあった時のための現金を、中華屋と牛乳で使い果たした。

 

親父にとっては何もかもが「予想外」だったに違いない。
普段ならオカンが麦茶やドリンクを用意してくれているが、ウチに麦茶を用意するような気の利いた男子はいなかった。

 

喉が乾く度に牛乳をがぶ飲みしていた。

 

 

食事は冷凍食品と中華とレトルト。

飲み物は牛乳。

 

 

…俺は2週間で激太りした。

 

オカンが帰ってきて「ケイちゃん、どうしたの??」と言うほど太っていた。

 

ただでさえ動きが鈍い俺は、鈍さのレベルを上げた。

野球をしていても明らかに動けなくなっていた。

 

親父が黙っちゃいない。

 

「そんなデブじゃ体が回らない!!野球できなくなるぞ!!」

 

こんな体にしたのは親父のせいなのに。

 

その日から公園をめちゃくちゃ走らされた。

あの牛乳をがぶ飲みした時期があったからかはわからないが、俺は小学四年で身長が11センチ伸びた。

 

 

 

続く。