今日も明日も親父も野球:第四話「低学年の記憶」

小学一年で始めた野球だが、一年生と二年生時のリトルリーグでの記憶が無さ過ぎる…家庭の記憶が強すぎるのか⁉︎その可能性は否めない。。

記憶が無いと言うか、かなり力まないと思い出せない。…力むってなんだ。

むしろ、幼稚園児の頃にウルトラマンごっこをしていた記憶の方が覚えている。俺はウルトラマンタロウが好きだった。。どうでもいい。

話を戻す。

毎週練習に行っていたはずなのにどんな練習をしていたのか、指導されていたのか、所々しか思い出せない。

はっきり覚えている事が2つある。

一つ目は、杉山コーチから教わった投げ方だ。

①右足で立ち②グローブを投げる方に付き出しながら左足を投げる方にまっすぐ踏み出し③相手のグローブを見て上から投げる。初歩的な基本だが小学一年の俺に手取り足取り教えてもらった。

なんで投げ方だけこんなに覚えているのか?

 

家で練習したからだ。

 

大人になっていくなかで、幼少期や小学校低学年くらいの記憶は、無いわけではないが不鮮明で不確かだと思う。

それを、今でもこんなに鮮明に記憶しているのは、繰り返し行った毎日の反復練習があるからだ。そして、投げる事を「楽しい」と意識し感じる事ができたからだと思う。

 

その頃はまだ土曜日の学校が休みではなかったから、リトルリーグの練習は日曜日の週一回だった。

週一回の野球の練習で低学年の子供が、三カ月後や半年後に、”投げれる様に”なってはいるだろう。しかし、投げる事が”上手くなっている”かは微妙なところだ。

 

動作を覚える事と、その動作が上達する事は違う事だとわかってほしい。

知ること・覚える事は、指導やきっかけがあれば覚えることができる。

上達には、きっかけ・指導+ 反復練習・時間が必要だと思う。

 

上達するには、毎日とは言わないが、繰り返し行う事だ。週に一回その時だけ行っても上達は期待できないと思う。これは、野球だけでなく勉強や、どんな事にも置き換えられると思う。

 

話がやや脱線したが、投げる事を楽しいと思わせてくれ、きっかけをくれた杉山コーチに感謝している。

そう…投げ方を最初に教えてくれたのは親父では無いんです。

ただ、リトルにいる時間よりも親父と過ごすと言うか、平日に親父とやる練習時間の方が圧倒的に多かったわけで、普段、時間を見つけては親父が俺に投げ方を覚えさせ、上達させた。

 

2つ目の記憶だ。

お下がりや、貸出ではなく、初めて作った自分のユニフォームだ。

背番号は16。そのユニフォームを着てグランドに行くのが楽しみだった。小学校三年生になるまでは…これは、また別話で書こう。

その頃、野茂英雄がメジャーリーグに挑戦し野球界だけでなく日本中を沸かしていた。ただその時は、野茂英雄がどんな選手でどれだけすごい選手なのかイマイチわかっていなかったと思う。知っていた情報は、トルネード。上投げ。そして背番号は16。

憧れの選手が、俺をより一層、上投げにさせた。

トルネード野茂英雄に憧れ、小学2年で作ったユニフォームの背番号は16にした。漠然とだが、憧れた選手と同じ背番号のユニフォーム。しっかりと覚えている。兄貴は、松井秀喜の真似して55だった。そんな兄貴は右打ちだ。

 

始めに書いたように、幼い子供に、”記憶”として残すには、忘れる隙を無くす「日々繰り返し行う事」と、きっかけとなる「楽しさ」「憧れ」なのかもしれない。

 

 

続く。