今日も明日も親父も野球:第十二話「習慣」

前にも書いたが、俺は小学1年から中学卒業まで週に二回必ずバッティングセンターに通っていた。

兄貴もだ。

 

親父の車に乗り兄貴と3人で行く道中はかなりの緊張感だ。

バッティングが悪いと帰りの車でドヤされる。

晩飯が平和に食べられない…

 

そんなバッティングセンターの日に、親父の帰りが遅くバッティングセンターの時間に間に合わない時がたまにあった。

そんな時は夕方17時前に親父のPHSに電話し

「バッティングセンター間に合う?」

といかにも「一緒に行ける?」と言う感じで聞くが、

内心は「頼む‼︎今日は自分達で行けと言ってくれ‼︎」と電話をする度に願っていた。

 

俺が小5、兄貴が中3の時だ。

前もって親父から連絡があった。どうやら帰りが遅くなるようだ。

俺たち二人で自転車でバッティングセンターに向かった。親父はいないしもうルンルン気分だ。

 

バッティングセンターの近くに焼き鳥屋があり、そこは簡易的なゲームセンターにもなっていた。

その日はちょうどバッティングセンターの回数券的なコインを1カ月分買う日で5千円を持たされていた。

 

バッティングセンター代は親父のおこずかいから出ていた。この日に渡された5千円も親父からだされていた。

 

親父がいないからルンルン気分の俺たち。

寄り道をして焼き鳥を数本食べ、ゲームをした。

 

バッティングセンター代で。

 

ひと段落し、バッティングセンターへ向かった。

焼き鳥屋とバッティングセンターまでの距離は300m程だろうか。

近づくにつれて、駐車場入口に仁王立ちしている作業着の男性が見えた。

 

前を走る兄貴が言った。

「やばい」

その言葉を理解するのに時間はかからなかった。

「なんでだよぉ」

既に俺は半泣きだった。

 

仁王立ちの男性は、いるはずのない 親父だった。

 

この世の終わりだ。

 

どうして到着が親父より遅いのか聞かれ、全部話した兄貴。

 

親父は駐車場で兄貴をタコ殴りにしチャリンコを兄貴に向けぶん投げた。

 

俺は、何もされなかったが、ただ立ち竦み駐車場で号泣だ。

いつも兄貴が被害者一号だ。兄貴としての宿命なのかもしれない。

 

その後、バッティング練習に入った。

既に親父はお怒りモードなため、いつも以上に気合いを入れてバットを振った。

 

バッティング練習が終了し、親父は車に俺と俺のチャリンコを乗せて帰宅した。

兄貴は、ぶん投げられたベッコベコのチャリンコを押して帰った。

 

兄貴は帰宅後も鉄拳制裁されたのは言うまでもないが、反省文も書かされていた記憶がある。

 

 

兄貴がいて良かったと思う事が多々ある。

その中の一つ。

親父からの被害はまず兄貴が食らってくれる。兄貴が怒られている事を俺はやらないで済む。

兄貴は親父に何かと鉄拳制裁を喰らう事が多かったと思う。

 

俺が抱いている親父への気持ちと、兄貴が抱いている親父への気持ちは全く違うと思う。

 

 

 

練習を毎日する事、飯をたくさん食べる事、早く寝る事…どれも俺が当たり前にやってきた習慣だが、それは兄貴がやっていた習慣で、俺は兄貴を見てそんな毎日が当たり前だと思ってやっていた。

兄貴はプロ野球選手になる夢のために、親父に鉄拳制裁されながらも自分の意思で日々の習慣を作り過ごしていた。

 

 

爆裂な親父だけでなく、”当たり前”を教えてくれた兄貴がいたから俺は野球を続けられたのかもしれない。

続く。