今日も明日も親父も野球:第十一話「選手生命」

小4の終わり英会話の塾から帰宅すると…

 

ちょっとまて。

 

お前は、野球バカじゃなかったのか??と突っ込みたくなるほどサラリと英会話を切り出したが、俺は団地に営業にきた英会話塾の押し売りにまんまとハマり突発的に英会話に通いたいとオカンに言って、小学4年から小学卒業まで英会話を習っていた。

英語や海外に全く興味が無かったのに通った。

大人になってからオカンに言われた

 

「あの習い事だけは本当に無駄だった」

 

 

話を戻そう。

小学4年の終わり、塾から帰宅すると兄貴が激しく落胆していた。

 

兄貴は肘を故障して激しい肘痛になってしまった。

 

親父が課す、毎日100球の壁当ては中学二年生の肘を故障させた。

 

投げ方やケアの問題ではない…少年時代から毎日酷使した肘は早くも限界を超えてしまったのだ。

兄貴の肘は腫れ、真っ直ぐに腕が伸びない状態。野球選手に多い、いわゆる野球肘の症状だ。

 

近くの治療院から帰宅し、親父に診断結果を伝えると

 

「投げれないなら野球やめちまえ!」いつもの感じで怒鳴った。

 

俺はたまに親父がわからない時があった。

…ってか、思い返すとほぼ理解しがたい。

 

親父は兄貴の夢をサポートしたいのかダメにしたいのか…

それぐらい過酷な練習をしていたし、理不尽な怒り方をする時があった。

 

兄貴は、日も沈み薄暗い公園に、泣きながら左で投げる練習をしに行った。

親父が、左投げで練習しろと言ったわけではない。

 

兄貴は野球が大好きで本気でプロ野球選手になろうとしていた。

それを諦めるわけにはいかないし、親父への固い意思表示と強い目標が”左で練習する”行動を起こしたのだと思う。

 

野球の技術は独学で勉強してくれたがケアやスポーツ障害は全く無知だった親父。

昔ながらの生粋の根性論の持ち主だ。

 

今でこそ、痛みがある時は無理はしない、させない、としっかりと成長を理解しサポートする指導者が増えてきたが、15年、20年前は理解力と知識がある指導者が少年野球には少なかったと思う。親父もその一人だ。

 

大学卒業まで続けた兄貴の野球人生で肘が完治する事は無かった。大学時代に肘の手術もしている…

治療とアフターケアを続け、野球を続けたが肘の怪我で選手生命を短くしてしまった。

でも兄貴はストリートベースボールで養ったホームラン打者特有の弾道と親父からのスパルタ練習で培った根性と自らの努力でプロ注目選手になっている。

 

親父が、もし技術の勉強と共にケアやトレーニングを勉強していたら、兄貴の野球人生はもう少し長く、さらに華やかに変わっていたかもしれない。

 

いや…ガミガミと小言付きのマッサージに激しいトレーニング…

勉強しなくていい事もあるのかもしれない。

 

冗談だ。

 

何事も勉強して無駄なことなんてない。

俺の英会話塾も無駄では無かったはずだ…

 

少年時代の怪我や痛みを侮ってはいけない。

その場凌ぎの騙し騙しプレーする事でフォームに悪影響を与え、自然にかばう様なヘンな癖までついてしまう。

一時の少年時代の無理が、5年後10年後の活躍を台無しにする可能性がある事を多くの人に知ってもらいたい。

 

当然ながら親父も、俺たちの夢や目標を叶えるために毎日厳しい練習を課したが、本当に俺達の5年後、10年後の姿を思い描き指導していたかは疑問なところだ。

俺たちも一日一日を過ごすのに必死だったし、その日の出来具合やその週の試合結果に…目の前の出来事に一喜一憂していた。

 

将来のビジョンを”具体的に”持ち、もっと先を見据え少年時代に野球が出来たら、もっともっとスケールの大きい選手になれたのかもしれない。

 

続く