今日も明日も親父も野球:第十話「反省会」

相変わらずノックやランニングなどの練習が嫌だったが、試合に出る機会も増え、

三振をとる事、ヒットを打つ事、試合に勝つこと、

練習したことが”成果”として出ることに「達成感」を感じ、嬉しくて野球をやっていた。

同時に、その達成感は親父も感じていたに違いない。そんな日には、わかりやすいくらいに機嫌がよかった。

俺は平和な日々を過ごすために野球を頑張った。

 

 

俺が小学4年、兄貴は中学2年。

兄貴はシニアリーグで野球を続けていた。そんな兄貴も主力で試合に出ていた。

兄弟で、場所は違えどお互いに試合に出る機会が増え、その頃から親父は試合の度にバックネット裏からビデオカメラで必ず試合を撮影していた。

 

ピッチャーをやる時は、キャッチャーの先に親父が視界に入り、バッターの時には、背後に親父の気配…

 

ピンチやチャンス、どんなシチュエーションよりも常に試合以外のプレッシャーを感じていた。

 

 

日曜日、試合から帰宅すると、良くも悪くもビデオを見ながら反省会だ。

活躍していればまだいいが、ヘマをしている日には最悪だ。

 

兄貴は、ある試合でチャンスで三振した。

その日、兄貴がチャリンコで帰宅すると家の扉の前には、バットが立てかけてあったのだ。

 

親父からの無言のメッセージ。

 

「君は夕飯を食べる資格はありません。家に入る前にバットを振りなさい。」

 

もう兄貴は親父に鍛えられすぎて、立てかけられたバット一本で感じ取っていた。

 

兄貴は2時間は帰ってこなかった。

 

親父が「もういい。帰ってこい」

 

 

 

 

 

言うわけない。

 

この帰るタイミングも自分で考えなければいけない。

親父との駆け引きだ。ピッチャーとバッターの駆け引きより難しいかもしれない。

 

兄貴はさり気なく家に入ってきたが、さり気なくその日が終わるわけがない。

 

「座れ」

 

さあビデオを見ながら反省会だ。

 

映像には、親父が録画しながらブツブツ言っている声と、チッなんて舌打ちまで入っている。

 

その映像を夕食をとりながら観て、色々とずっと言われる。

三日間…日曜日の夕食から、だいたい水曜日まで同じ事を言われる。

 

最初は、かなりの緊張感と反省で聞いているが、2日目、3日目になると聞いている顔は真面目だがほとんど聞き流している。スピードラーニング状態だ。

 

3日目にはセリフの様に俺たちも親父と一緒に言えそうだ。

 

次は絶対ヘマはしない。本気で心から思う。

 

なんせその頃のウチには自分の部屋もないし逃げ場がなかったから、俺が怒られたり言われているわけでもないのに、俺もその場にいるから三日間ずっと俺も聞いているわけだ…

そんな時は、とばっちりを喰らわないようにだけ注意していた。

 

学校にいても、親父の言葉が頭をぐるぐる巡り、帰宅後の親父を想像させていた。

授業なんて頭に入るわけがない。

俺にはもっと重要な考えるべき問題があったのだから。

小学四年生の脳みそ容量は、親父と野球でいっぱいだった。

 

本来、夕食時間って言うのはその日を振り返り家族でワイワイ楽しくするのが理想だ。

だが我が家では、日曜から三日間は続く親父の野球小言が原因でよく夫婦喧嘩になっていた。

そりゃぁそうだ。同じ事を三日間も子供達は怒られるわけだから。オカンも呆れて、親父に言いたくなる。

近所には「また始まった」なんて思われていただろう。

 

そんな事を親父が気にするわけがないが。

 

喧嘩になると、なぜか必ず妹が「パパごめんなさいー」って泣きながら止めようとしていた。

もうめちゃくちゃだ。

 

妹が泣こうが、親父がキレてちゃぶ台をひっくり返そうが、俺と兄貴は…”無”だ。

 

無の境地。

 

チーン。

嵐が過ぎるのを待つのみ。

 

 

いつも三日目には総括の様に親父が

 

「とにかくミスをするのを恐がらないでやれよ」

 

親父…俺たちはミスを恐がっていたんじゃない…

 

 

 

 

親父は撮影したものをビデオテープにして、勝っても負けてもその試合で活躍した選手に記念だからとプレゼントしていた。

写真やビデオはいつ見ても良い記念だと思う。

 

 

 

ただ、半端ない副音声入りだけど。

 

それも含めて記念だ。

 

続く。